海外現場ワーカーパパの生活のブログ

パパが学んだ育児の事や資産運用などを発信しています。よろしくお願いします。

私の20代

こんにちは、現場です。

 

まもなく私は30歳になります。そこで、少しこれまでを振り返ってみたいと思います。

 

皆さんの仕事はどうやって選びましたか?

私の場合は「家の近くから通える大学が専門性が高い学校だったので、就職先が絞られた。」でした。

 

高校は普通科だったので、当時は自分の将来の選択肢など無限大だと思っていました。

 

大学生になった時、多くの違和感を感じ、ここにいていいのか、このまま進学していいのか悩みました。専門の授業や実習は面白くないとかではなく、肉体的、精神的に辛かったのです。これは2010年頃でした。

 

しかし、「授業料が安く、偏差値も低い割に就職先が良い」と先輩からお話を聞き、良い子なので4年間我慢して頑張ったところ、いわゆるその大学では良い就職先に就職することができました。

 

入社式の後の研修期間は総合職の新入社員と楽しく過ごせました。しかし、やはり現場配置が始まると専門職の私に待っていたのは過酷な現場ばかりでした。大学の頃の辛さをさらに超える辛さに直面します。

 

もうやめる。つらい。と思う頃に配置転換で現場からオフィスに移してもらえます。最初の転換でなんとホワイトな職場なのかとホワイトカラーとブルーカラーの格差を痛感しました。やりがいは無いけど、もうずっとこの職場でのんびり働きたい。と思い、人事に後何年このポジションでいられるのか、聞くと1年のみ。現実は厳しいです。

 

本当にきっちり1年のホワイトなオフィスの後は、さらに過酷な現場が待っていました。この頃から同じ専門職の同期がちらほら辞め始めました。歳をとるにつれ、仕事量と責任が増え、給料はほとんど変わらない現場でストレスで初めて立ちくらみからの失神を体験しました。

 

この現場が終わったら今度こそ辞める!という時にまたやってくるのが、ホワイトなオフィスワークです。しかし、もう騙されません。つぎに現場に戻る頃には、前回よりもさらに職責が大きくなりストレスはさらに増大します。このホワイト期間中に今の職場の環境に甘んじ無いで、今の自分の環境を変える行動を取らなければと思いました。

 

大学に進学し、違和感を覚えてから約10年。高校生の頃何となく思い描いていた何となく幸せな将来とは別の自分。悔しい思いをバネに向こう10年、私の30代は後悔のない時間を過ごしたいと思います。